感覚的なもの

By fengshuna 3月 4th, 2010, under 深層

C・G・ユングの心理学を語るときに、よく言われているのが、ユング心理学とは日本の宗教の一つとして分類されていたことがあったため、他の心理学の系統とは違い、日本人の心と親和性が高いということ。

これは不思議に思われるかもしれませんが、国外の評価ではフロイトなどが先行している気がしますが、国内ではユングの方が気性にあっているから、という感覚的なものが依然として根強いかと思います。

たとえば、バンクーバーオリンピックで、フィギアスケートでは技術点を基準にしていた採点法がありましたが、あの採点法に納得できた日本人はどれくらいいたでしょうか。

もちろん、採点には素人が判断できる部分ではないので、なぜこんな点数になったのかという不明瞭な部分がありますが、その前に、どうもこのやり方は肌に合わないと感じたのではないかと思います。

その感覚的なものが、日本人にユング心理学が他の心理学よりも好まれているともいえるかと思います。

もちろん、ユング存命の頃よりも今はもっと評点がきっちりしているとは思いますが、基本になっているのがこの感覚的なものですので、この部分の解釈からしないと本質はつかめないのではとも思っています。

心理学は時代の流れによって、ノウハウの形で触れる機会もありますが、学問は一部の人のためにあるものではなく、すべての人が生きていく中で応用ができることが大切ではないでしょうか。

その応用をするためには、ユングの独特の一生を知ることで、ユングがどのような思考をしていたのかを知ることが有効かと思いました。

ただ、その人生もかなり省略したものになるので、感覚的につかんでもらえれば、と思います。



あなたの明日を決めるのは、今日どのように感動したかにかかっている。

NLP7

By fengshuna 3月 3rd, 2010, under NLP

以前にお話しました、人を観るための方法として、視覚・聴覚・体感覚と分けるVAKというものがあります。

人によって、見る、聞く、感じるが経験の土台が違いますので、この経験するものをこちらも合わせることで、より誤差を少なくするのがNLPでのやり方です。

それまで、肌が合わないと思っているときには、関心がお互いにない状態ですので、いくら会話を弾ませようと思っても途切れてしまうという経験は誰しもあると思います。

そこで、相手がどのようなタイプかを知ることができれば、相手の持っている感覚に方向を合わせるようにできますので、なかなか心うちとけないなと思う人でも、会話がしやすくなるかもしれません。

視覚

視覚に頼る人は、見ることを会話の中で多く使います。

表現の仕方も色関係の表現がよくでてきますので、華やかなイメージが会話から伝わってくるようであれば、その人は視覚タイプです。

視覚タイプによくみかけられる光景としては、まるで目の前の空間に何かがあるように説明します。

当人には目には見えていなくても、存在するものをとおして説明しているので、ジェスチャーも視覚から形作るものになります。

イメージの説明をしようとすると、視線は上に向いてしまいますので、人によっては白目をむいているように見えます。

聴覚

聴覚を経験にしている人は、論理を言語として整理していくタイプが多いです。

言葉を耳で聴く経験をしているため、音楽を聴くように言葉を聴いているため、音楽が好きな人には読書好きが多いのもこういった背景があるからです。

一日の行動を事細かくスケジューリングしたりすることも多く、几帳面な人は聴覚タイプといえます。

聴覚タイプは、言語としてまず形作らないと話ができないために、相手の情報をなるべくセーブしながら会話します。

そのため、マインドブロックをする行為として目の前で手を組む、腕を組むなどして自我を守ろうとしています。

また、話の核心に近づいたと本人が感じると、耳元で指をくるくる回す傾向があります。

体感覚

体感覚は感じることを表現する人ですので、総括的に表現しようとするため、言葉では説明しきれないところを、空間をめいっぱい使いながら身振り手振りをします。

また、情報を多く伝えようとするところから、その情報量により会話が迷走することがありますので、そのような人は体感覚タイプでしょう。

また、体全体で感度をあげるために、会話の途中でもよく座り直します。

会話の内容をもっと知ろうとするときには、情報を両手でうちわのようにかき集めてくるような仕草になります。

このように観察してみると、それぞれのタイプには、当人が感じているタイプに対して感じとろうとしていることがわかります。

視覚の人は視覚化を試みますので空間把握をする頭上を見ますし、聴覚タイプは耳で感じようと情報を耳の近くでつかもうとします。

体感覚タイプの人はハートで感じるために情報を胸でつかみとろうとしますので、ある程度の会話をしているうちに知ることができるようになります。

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NLP6

By fengshuna 3月 1st, 2010, under NLP

他人の特徴を知ることで、これまでのようなトラブルを減らすこと、円滑に進めることでお互いのストレスを軽減させることが、NLPの目的でもあります。

インターネットのインフラや、個人活動ができるような環境のおかげで、幅広い視野からのアイデアや情報交換がさかんになり、これまでとは違った形でのプロジェクト推進が可能になりました。

また、今はツイッターというつぶやきのシステムが話題にもなっていますので、SNSやブログなどを使うよりかは、より楽に発信することができるようになっています。

ただ、これだけメディアが優先されるようになると、これまでの社会常識であったマナーやしきたりといったものが、うまく機能しなくなってしまっています。

ひとつには年齢による上下がネットでは機能しにくいこと、社会での活動をしたことがない未成年者も含まれていることなど、その経験による幅があまりにも開きすぎているため、難しくなっているのが現状です。

このように個性が強調されるということは、相手のことを観察する時間が必要になるのですが、以前にもまして情報速度が上がってしまった以上、相手を深く知ろうとすることを放棄してしまう傾向も生まれてきています。

判断は人それぞれといいますが、後で手痛いしっぺ返しがくるのは目にみえていますので、私の考えでは今の時代には必須です。

そこで、何度か相手の特徴を知るための方法として、これまでの記事にも書いてきましたが、もう少し具体的なものを紹介しようと思います。

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自由

By fengshuna 2月 25th, 2010, under 変化

私たちの生活において、本当の自由というものを知ることができる環境は存在するのか、考えたことがあるでしょうか?

このように問われたとして、あなたはその答えを持ち合わせているでしょうか。

そもそも、その本当の自由の定義とはいったい何だ?

こう考えるのが普通ではないでしょうか。

本当の自由という環境、それ自体が今の日本という枠決めされた環境からは想像することが難しいでしょう。

たとえば、その自由を約束してくれるものとして、国の機関としてのモデルがあったとします。

日本ではない、まだ未開拓な国が仮にあったとして、そこにはすばらしい憲章が用意されていたとしても、その国に住む人に適応力がなければ意味をなしません。

国の機関がすでに人を中心として考えられたものではないということ、そのことに慣らされてしまった頭では、考えることも難しいのです。

自分は自由である、とはっきりと答えられたとしても、その人の環境に対する思考そのものに、他の人が共有することができないでしょう。

もしできる、とするならば、その人がどのように生きていくのか、その自由の範囲はどのくらいなのかが示されなければ相手はわかりません。

これは文章などで説明がつくものではなく、実際に動いている、生活している人をみないことには納得できないからです。

人は自由を求めますが、どのくらいの自由が自由なのか、それぞれ想像している範疇の生活が手に入るまでは想像でしかありません。

これは本当にすばらしい、と頭では思えることですが、実際にその自由が目の前にあるとしたらどうなるでしょうか。

何も考えないで行動すればその人の自由は手に入ります。

どんなことをしてもいい。

何をしてもいい代わりに、周囲に対しても自由に行動するということを明示することになりますが、無法地帯の自由を求めているのかと気がつくことになりますから、自由を表現するつもりが、自由とはほど遠いところにいたことを知ると、自由をどうやって表現すればいいのかわからなくなってしまうのです。

だれもが共感できないようなやりかたを望むならば、自由に動くのにその代償を支払いさえすれば、それはそれでかまわないのですが、自分が望む自由というものを表現したいと感じている人に、自分で納得がいく答えになっているかどうか、当人が一番わかっているはずです。

今の経済原則とまったく価値観が離れたような内容にみえるかもしれませんが、商業ラインにのるものだけを考慮して製品になったものと、この閉塞感から人の共感を得られる製品ができあがるのとでは、まったく意味合いが違ってくるものができあがるということ。

経済とは人が望むから供給するシステムです。

今お話している思想的なものは必要ない、といえる製品が、この世の中にどれくらいあるでしょうか。

景気が戻らないのも、このような原因からきていますが、システムだけでとらえている間は気がつくこともありません。



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NLP5

By fengshuna 2月 24th, 2010, under NLP

人と考えていることがすれ違う経験をしていると、自分の考えは正しいのに、なぜわかってくれないんだろうか、と感じることがあるかと思いますが、これは認識の差が違ってしまっているからだとNLPでは考えます。

この認識の差というのが、前回お話しましたVAKによるタイプ別認識によるものであることがあげられ、見たもの、聞いたもの、感じたものからそのものに対する認識をするのですが、何々はこうである、というように、定義として用いようとすると、人は意味付けをしないと分別ができません。

それには言葉によって、これはこういうものだ、という仕分けが必要になるのですが、その言葉の仕分けは、言語ひとつとってみても、土着のものから国際的なものまで非常に幅広く、かなりの認識に差が出てしまいます。

NLPでは、地理(見ているもの)は同じものでも、地図(仕分ける方法)が違うため、地図は地理とは違うと考えています。

頭の地図というと、女性は頭の中に地図を作るとき、ここを右に曲がると、ハンバーガーのお店があり、その先には小物を扱っているお店がある、というように、場所のお店を地図に書き込んでいくといいます。

これなどは、その人の興味のあるなしが他の人とは違うことがはっきりしていますから、理解しやすいのではないでしょうか。

このように地図の書き込み方が違うだけで、自分の見えているものは真実、そして相手の見えているものも真実であるといえるのです。

たとえばサイコロを思い浮かべてください。

サイコロは見える範囲によって1-6の数が目の前に来ますが、これと同じことが認識において起こっているため、自分が1と認識しているからといって、相手も1と認識しているとは限らないのです。

この事はどんな人にも共通することですし、これを書いている私にも当てはまることです。

ですから、「自分の地図だけが正しい」と主張することがどれだけおかしなことか、わかるかと思います。

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必然性

By fengshuna 2月 23rd, 2010, under 変化

自分が何をしないといけないのか、それを知るためには自分の仕事を把握することや、優先順位を設定することや、自分以外の人に任せられるかどうかを検討する前に、そもそもその仕事自体に自分がやるべきものであるのかを明確にする必要があるでしょう。

本当に自分がやらないといけないことなのか、その判断基準がしっかりとしていない間に、私たちはある一つの基準において動くようになっています。

それは、好きか嫌いかの判断基準です。

これって好きではじめたことなんだけれど、どうもマンネリだ、といったようなことを感じているならば、そのやっている事に対しての判断ができていないので、いくら好きだからとしても、自分には他にやるべきことがあるのではないか、と思ってしまうのです。

では、あなたが生きている今は、そのことをしなくなった場合、どのように道が変化していくでしょうか、少し考えてみてください。

何も変わらないと感じるのではないでしょうか。

これは、何をすればいいのかがよく見えていないために、このように感じるのです。

つまり、なにをしていても、面白く感じることも、やりがいを感じることも、どのようなことをしても感じないということ。

やらされている感があるのは、この好きか嫌いかを明確にしてこなかったからに他なりません。

そのことに気がつくと、人生どこへいけばいいのかわからなくなりますよね。

だから知らないふりを今までしてきたわけです。

ですが、覚醒してしまうと、その言い訳はできなくなります。

なぜ自分がやらなければならないのか、覚醒した状態においてはそれが当然のことであっても、眠った状態にいる間は、その判断基準がわからないのです。

本当に必要があるのならば、好きか嫌いかは関係なく、あなたはその場でそのことに必死になるからです。

あなたがすべきことが目の前にあると、あなたが生きている意味をはっきりと示してくれます。

つまらないことなんか、何一つないのですから。



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失う

By fengshuna 2月 22nd, 2010, under 変化

私たちの生活において、朝起きてから夜寝るまでの間、心がふるえるような感動をどれくらいしているでしょうか。

残念ながら今のように危険がない環境にいると、明日命がなくなるわけではありませんので、それほど今の時間に執着することがないかと思います。

今の時間に必死な人は、期限付きの時間に追われている仕事をしているか、明日食べるものがない人です。

仕事ができなければお金はもらえませんし、明日食べるものが買えなければ空腹に飢えるしかありません。

そのような極限状態におかれないと、人は力を発揮できなくなってしまったともいえます。

かつて太陽を信仰する自然崇拝が確立されたのは、太陽が明日は昇らないかもしれないという不安との戦いでしたから、寒さで身を震わせながら夜を越し、朝焼けに感動することが根底にありました。

そのような保証がないなかで、命をつなげられた感動を表現しようとすると、ルーチンでできるような内容ではなくなってくるのが自然なことで、今できることに注力するパワーというのはすさまじいものになります。

また、この状態は本能的欲求に近くなりますから、動物が求めるものと同じ狩りの習性を体現したものともいえます。

野生の動物は生きるために狩りをします。

獲物は必要最小限しか狩らない、というのをお聞きになったことがあるかと思いますが、本能からくる欲求というのは、少なくとも生態系の輪からはずれるような狩りはしないということです。

つまり、私たちが普段から感じている欲求は、どのようにすれば快適に過ごせるかというものであって、自然なサイクルからは外れてしまっているということになります。

自然なサイクルから外れるというのは、たとえば、人間には自然治癒力をもってしか病気やけがは治せないのですが、病院に行けば治ると勘違いしているのと同じ事です。

体が弱くなってしまっているために、お医者さんとの関係が切っても切れないようになってしまったことは、自分自身を信用できないのと同じ事だともいえると思います。

一つには、世の中の不自然なことから目を背けなければ、生活していくことが困難になっているという現状もあると思います。

いちいち感動していたら身が持たないから、麻痺させるしかない。

そうやって、日本という国は技術立国として経済的繁栄を極めてきたわけですが、覚醒した立場にあっては、この不自然さを目の当たりにすることになりますから、人によっては発狂するような環境でもあります。

覚醒は、ここで書いている以上に深く世界とつながるということを意味しますから、何が正しくて何が間違っているか、自分が一番よくわかることでもあります。

ただ、様々な人が入り組んでいる都市部ですと、そのすべての人の思念に影響される体になるわけですので、覚醒という魂が純化していく状態でこの世界をみてみると、人の感情、心理状態は、阿鼻叫喚の地獄絵図なのはいうまでもありません。

今を生きると言うことは、覚醒しなくていいようにすることを誰しもが求めたわけですから、そのための代替えとして、豊かな暮らしや快適な暮らしを与えられています。

この眠った状態であるならば、求められるものを表現すればいいので、それほど難しくはありませんが、魂が渇望するようなものにはならないということです。



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呼吸による瞑想

By fengshuna 2月 21st, 2010, under 瞑想

瞑想も様々な技法が存在しますが、どのような方法でも瞑想状態に入ることができれば問題ありません。

よく、瞑想状態にするためには、頭の中に浮かんでくる雑念を排斥するために、呼吸を数えるようにと教えられます。

この数を数えるのは大変に有効だということで、息を吸う、息を吐くを繰り返しているうちに、1回、2回と数を数えながら集中することで瞑想状態に入っていけるようになります。

そして、次第に数を数えることもしなくなると、意識はそれまでの自我を意識することがなくなりますので、何も思考することがないようになってはじめて、瞑想状態になったといえます。

今回お伝えするのは、瞑想に至る過程としての呼吸だけではなく、息を吸う、息を吐くという行為それ自体に本質を見つける方法です。

一番の基本にして重要なのが呼吸に関する瞑想法ですので、なるべく負担がかからないものから、体にかなりの負担がかかるものまで、そうとうな数の呼吸法が存在します。

慣れない人が難しい呼吸をしますと、体を壊すことにもなりますので、今回の内容は負担がかからない、かつ呼吸のコントロールができたまま行えるものです。

では、はじめていきたいと思います。

まずは姿勢です。

座禅の経験者でしたら座り方はマスターされているかと思いますが、あのような座り方でなくても、呼吸が苦しくならないように、腰を立てて座るようにするだけで大丈夫です。

軽く目を閉じて、鼻から息を吸い、鼻から息を吐くようにして深呼吸をしてください。

何度かの呼吸で心が落ち着いてきたら、呼吸そのものに注目します。

深く息を吐くようにすると、お腹の周りがへっこみますので、息が苦しくなる直前まで、息を吐ききってください。

鼻から流れ出る息を、まるで矢印でマークしたようにして、どこに息があるのかを感じます。

そして苦しくなるまで息を止めます。

もうだめかもしれないとなる前に、鼻から息を吸い込みます。

このときも、矢印でマークしながら息がどのあたりにあるのかを感じて吸い込みます。

空気が体に満ちてお腹が膨らみ、胸が膨らむように呼吸してください。

このような呼吸は慣れていないと苦しく感じるかもしれませんが、慣れてくると楽になりますので、この呼吸をコントロールできるようになるまで続けてください。

この呼吸がコントロールできるようになったら、息を止めた瞬間と、吐く瞬間に意識を集中させてください。

つまり、一番注目するところは、呼吸をしていない状態の前後です。

止める時間は苦しくなければでかまいませんので、息を止めていることを感じてみてください。

息を吐き止める瞬間、息を吸いはじめる瞬間、その連続性の途切れた瞬間をしっかりと意識するようにします。

この瞬間、あなたの体には生も死も感じられない状態が訪れています。

つまり、意識をコントロールしながら、わずかな時間だけ、瞑想状態にあるということです。

これを何度か行った後、自然な呼吸に戻してみてください。

あなたの体にはこれまで感じたことがない感覚が残っているでしょう。

疲れている場合には、疲労はかなり軽減されていると思いますから、引き続き労働しなければならないときにも短時間の気力回復になるかと思います。

また、精神がこの状態にあるならば、急くような気持ちにはなりにくいので、しっかりと休める時間を確保できるようなら、そのまま寝てしまってもいいでしょう。

次の活動ために、少しでもリフレッシュのお役にたてば幸いです。



あなたの明日を決めるのは、今日どのように感動したかにかかっている。

リラックス

By fengshuna 2月 20th, 2010, under 瞑想

土日はお休みの人がおおいかと思います。

普段の疲れをとるのにどのようにしていますか?

1日寝る人、買い物に出かけてストレス発散する人、普段できない運動をする人、様々な方法で心身を解放されているかと思います。

何もする気がないのならば、何もしなくていいと思います。

休めるときには、しっかりと休む必要があるでしょう、というと、不安になる人もいます。

休んでしまうともう元に戻れないかもしれない。

そういった思考が占有していると、普段、あれしなきゃ、これしなきゅ、と頑張りすぎてしまう癖がついているので、本心では休みたいのに、なかなかその状態から抜け出るのは難しいと言う方も多いとお聞きしています。

疲れきって眠るまでは、全力で動いていることで、なんとか精神状態を保つ、というよりも、触れたくないものがあるときは、こうなってしまうようです。

触れたくないものと向きあうのは、非常に精神的にきついものがありますから、気力が充実していないと難しいかと思いますが、毎日が気ぜわしい生活でいるというのは、気力の充実ができないまま過ごすことになりますので、核心との対話は後回しになってしまいます。

突破口は自分でつくるしかありません。

そこで、少しでも気になったことがあって、気が弱くなっていると自分を認められたら、それは向き合えるという合図でもありますから、気力を充実させましょう。

気力の充実には、普段できていない深呼吸をしっかりすることが基本になります。

気力は体を弛緩させた状態、ほっとしたとき、あくびがでるようなときに回復を始めますから、浅い呼吸のままだと、体の緊張もとれていませんので、それによって脳に送られる信号も同じく緊張したままになっています。

リラックスするには、このあくびがでるというのが一つの目安になりますので、どのような状態でもかまいませんので、深呼吸を続けてみてください。

それでもリラックスしていないと感じるようでしたら、普段私がやっています瞑想をご紹介しますので、一度やってみてください。



あなたの明日を決めるのは、今日どのように感動したかにかかっている。

パーソナリティ

By fengshuna 2月 19th, 2010, under 深層

人はいかにして人であるのか、を考えたことがあるでしょうか。

あまりに考えすぎると、「我思う故に我あり」と、デカルトの言葉が浮かんできそうですが、自分というものを感じることができるようになると、他者とのつながりも感じるようになります。

この認識が自分と世界との境界ということになるのですが、いったい自分はどのような存在として世界の中にいるのか、自分が何ものなのか。

これも自分探しの旅をしている人からすれば興味深いことです。

この自分探しの助けになるものとしては、カール・グスタフ・ユングが提唱した分析方法で、あなたは何々タイプ、あなたは何々タイプ、と、タイプ別で分類しようという考え方があります。

ここで、自分のことを考えてみるのですが、自分がどのような人間なのか、わかっているようでいて分からないものですよね。

ただ、はっきりとしていることは、かなり複雑だということはわかります。

このことだけは、自分自身で一番良くわかっているだけに、はたして、人間の性格はタイプで分類できるものか、非常に疑問が残るところです。

そこで、自分自身はわからなくても、目で観た他人ならば、ある程度はタイプが分かれるのではないか。

一度、あなたの周りでいっしょにいる人のことを、さりげなく観察してみてください。

少し時間をかけて観察をしてみると、実によく感情が動くことがわかります。

これはどんな人にも当てはまることであり、ユングも精神に病を持っている患者の治療を続けた結果、人が世界と向き合えるようになると、次第にその表情を取り戻していくのを体験していることから、分析として部分的な特徴をパターンとして考えてみよう、という試みから始まっています。

ユングが存命中に提唱したのは3つのタイプがあり、

外向・内向

感情・理性

直感・現実

という、どのタイプにも相対するものをブロックとして分類し、区分できるようにしました。

外向・内向

外向タイプは、自分よりも目の前の世界に興味があり、自分が知らない世界を大切にしています。

そのためコミュニケーションや人と接するのが好きな人で、常にだれかと一緒にいることが多い人をいいます。

内向タイプは、自分のことに興味があるために、一人になる時間を大切にします。

このタイプの人は自分と向き合うために孤独が平気であり、物静かな人をいいます。

感情・理性

感情タイプは、喜怒哀楽がはっきりと表現できる人です。

その傾向から、人情に厚く、人とのつながりを大切にしているため、世話好きな人が多いタイプです。

理性タイプは、常識や社会のルールを最優先して実行する人をいいます。

その理論的な考え方をそのまま口にするため、他の人からは感情が伴っていないように感じられることがあります。

直感・現実

直感タイプは、霊感や第六感を感じとることができ、その後の現象が違わなかったことが多かったため、ひらめきを信じるようになったタイプです。

現実タイプは、周囲の状況をしっかりと判断しつつ、どのように動けば最良かを考えながら行動するタイプです。

現在は、これらのタイプを応用して、企業が人材の適材適所を把握できるようにと、タイプ項目を増やしたパーソナルテストも行われています。



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